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社会の貧困は、こんなところから見えてくる。 

『心の病で休職者が急増している記事である。(2008年)』
心の病で休職者急増



『警察庁の統計で自殺者数である。(2008年)』
自殺者数(警察庁)

自殺者数1



休職者には、うつ病になるケースが多いと言われています。
最悪の場合、起死念慮で自殺に到るケースもあります。
警察庁の統計で自殺の動機の一番多いのは、健康問題次いで経済問題である。


休職者や自殺者が年々増加している日本社会は、本当に住みやすいんでしょうか?

そんな時、出会った本があります。

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書 新赤版 1124)反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書 新赤版 1124)
(2008/04)
湯浅 誠

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日刊レビューには、次のように書かれている。

「ネットカフェ難民」という言葉が初めて使われたのは、2007年1月に放映された「NNNドキュメント」(日本テレビ)だった。たまたま深夜にこの番組を観た私は、暗澹たる気持ちを抱えたまま、布団にもぐりこんだことを鮮明に覚えている。

 番組では、10代、20代の男女が昼は日雇い派遣で働き、夜はネットカフェの椅子で眠りながら、100円200円を必死で切り詰めて生活している姿が映し出されていた。ある18歳の女の子の手帳には、「強くなる」「責任感を持つ」の言葉の後に「夜ご飯食べない」という文字が書かれていた。

 どうしてそういう生活に陥ってしまったのか。誰も頼る人はいなかったのか。這い上がるチャンスはどこにもないのか──「夜ご飯食べない」という言葉が放つ切実さに衝撃を受け、疑問が次から次へとわいた。以降気がつけば、私は貧困やワーキングプアを取り上げたドキュメンタリーをチェックするようになっていた。

 この手の話になると、必ず登場するのが「努力が足りないから、貧困に陥った」という「自己責任論」である。むろん、楽して保護を受けようというフリーライダー(ただ乗り)や、仕事を選り好みして夢を追い続けるフリーターもいるだろう。だが、はたしてすべてを「努力不足」の一言で片付けてしまっていいのだろうか。

 家族との離別や死、自身の病気、リストラといった思いがけぬ事態に直面し、それらが引き金となって貧困へと転落していく人々。ひとたび落ちてしまえば、必死で働いても這い上がることは容易ではない。

 「他にやりようがあるんじゃないか」と問われれば、確かに抜け出す道が一つもないとは言い切れないだろう。だが最大の問題は、その日暮らしの不安定な生活によって考える余裕や行動を起こす意欲が徐々に奪われていき、思考停止状態に陥ってしまうことなのではないだろうか。

 そんな私のモヤモヤとした考えを、より明確に言語化してくれたのが本書だ。

 著者の湯浅誠氏は、反貧困ネットワークの事務局長であり、NPO法人自立生活センター「もやい」の事務局長を務めている。貧困が起きている現場での活動を続け、早くからこの問題に声を上げてきた、いわば貧困問題のリーダー的存在である。

 なるほどと思ったのは、貧困の定義を「“溜め”のない状態」と言い表したことだ。


努力する「だけ」だって、必要な条件はある

 “溜め”とは貯金など、金銭的な余剰分だけを指すのではない。頼れる家族や友人などがいるのも人間関係の“溜め”であり、自尊心や自信などを持っていることも精神的な“溜め”となる。貧困とは、単に「お金に困っている」だけでなく、あらゆる“溜め”が失われた状態だというのだ。

〈三層(雇用・社会保険・公的扶助)のセーフティネットに支えられて生活が安定しているとき、あるいは自らの生活は不安定でも家族のセーフティネットに支えられているとき、その人たちには“溜め”がある。逆に、それらから排除されていけば、“溜め”は失われ、最後の砦である自信や自尊心をも失うに至る。“溜め”を失う過程は、さまざまな可能性から排除され、選択肢を失っていく過程でもある〉

 こうした個々人の“溜め”は、傍からは見えにくい。自己責任論を持ち出す人は、多くの場合、自分の努力や大変さだけにスポットを当て、偶然にも自らに備わっていた“溜め”の存在に気づいていないのだと著者は指摘する。そして、誰だって〈がんばるためには、条件(“溜め”)が要る〉、と。

 “溜め”のない人間にいくら「がんばれ」とハッパをかけても、事態はなんら好転しない。それどころか、〈貧困当事者本人を呪縛し、問題解決から遠ざける〉という。

〈ほとんどの人が自己責任論を内面化してしまっているので、生活が厳しくても「人の世話にはなってはいけない。なんとか自分でがんばらなければいけない」と思い込み、相談メールにあるような状態(※)になるまでSOSを発信してこない〉

※「このままでは、自殺を考えるしかありません」「お金もなく野宿も限界です」「マンガ喫茶で朝の数時間の暖をとるのも最後です」「今の所全財産が七円しかありません」「もう死ぬ事ばかりを考えています」といったメール(本書より評者抜粋)

 というのが現状だ。つまり、「自助努力が足りない」のではなく、「自助努力にしがみつきすぎ」たために、落ちるところまで落ちていってしまう人が後を絶たないというのである。

 また、貧困問題を「自己責任論」で放置することは、普通に暮らしている人々、ひいては社会全体の首を絞めることにもつながると警鐘を鳴らす。

レビューにも書かれているが
“溜め”とは貯金など、金銭的な余剰分だけを指すのではない。頼れる家族や友人などがいるのも人間関係の“溜め”であり、自尊心や自信などを持っていることも精神的な“溜め”となる。貧困とは、単に「お金に困っている」だけでなく、あらゆる“溜め”が失われた状態だというのだ。


確かに
あらゆる“溜め”が失われた状態になれば、人は生きていけなくなると思うし、そんな社会が
本当に住みやすい社会なのだろうか?

どうして人は人を、こんなに追い込めるのか。 

心が傷ついた方に、この曲を送ります。
一日も早く、回復されますように・・・




敢えて、カテゴリーを貧困にしました。
こんな事をするのは、貧困そのものだと思ったからです。

「人の世は儚い」などと、憂いて良いのだろうか?
「人の世は儚い」などと、諦めて良いのだろうか?
「人の世は儚い」などと、他人の事だからと考えて良いのだろうか?
Etc・・・

人が人を追い込む。
何故?

人が人を虐める。
何故?

「甘い!」と言われるかも知れない。
これを、見て見ぬふりをするのが、どうかしている。

自分の身に降りかかったとき、人はどうするのか?
闘うのか。
それとも
黙ってしまうのか。

いずれにしても、
傷つきあう


人が人を追い込む。
哀しいことだ。

心の病で休職者急増



貧困はなかったのではなく、見えてなかった〜現代の貧困の捉え方 

岩田 正美 さん(日本女子大学教授)が貧困について語っておられる記事がありましたので
紹介します。

<現代の貧困の特徴として、借金があります。家族に援助を受けられず、社会保障の手当てもされない人が借金を抱えやすい。若い人は出産の費用もないため、信用調査もなく借りられる消費者金融に手を出してしまう。一回の借金ならともかく、借金のための借金をし、収入はそこそこあっても返済にまわす。そのため事実上、収入がなくなる。そうした事態は、ただ「収入がない」という従来の貧困ではとらえきれません。
金融機関に勤めている人なら金利の知識に精通しているから消費者金融に手を出さない。ところが金利に詳しくない人は、コマーシャルでの気軽な雰囲気から大丈夫だと思ってしまう。そうしてお金を借りるほかない状態の人がいます。
しかしです、たとえば子連れで離婚し、生活に困った女性がやることはまず借金ではありません。一定の生活基盤を築けるよう社会が提供すべきです。チャンスを与えれば、セーフティネットの提供は短期で済みます。雇用する側も、そういう属性を持つ人を雇用できる条件をつくって欲しい。結局そうしないで自殺や犯罪、孤独死といった社会にとってネガティブな問題が増えれば、社会の払うコストは結果的に高くなります。
/td>


<参考>
貧困はなかったのではなく、見えてなかった〜現代の貧困の捉え方

ハートをつなごう『貧困』を観て 

2月27日(水)夜8時から「ハートをつなごう『貧困』」を観ました。

3人の方が紹介され、40代の男性の方は会社をリストラされ、その後離婚し家を出てホームレス生活になった。十年振りで支援の手を借りてアパートを借りることが出来た。

30代の女性は大手ゲーム機メーカーに正社員で就職したがお父さんが病気になりお母さんが介護で疲れ会社を退職し実家に帰った。実家に帰って2ヶ月後にお父さんは他界、派遣社員として仕事をしている。

40代で子どもが二人いる女性はシングルマザーである。仕事をして月7〜8万円である。その後、うつ病になるが、それでも働き月2万円位であった。子どものため自分のために生活保護を受ける覚悟をし受給した。

石田衣良さんは「経済が低迷し国際競争力を付けなきゃならないのに税金を使って生活保護をしている場合じゃないだろうと言う人がいるが、もっと広く優しく見て欲しい」と言っていたし雨宮処凛さんは、「生活保護を受けるのに覚悟をするのはおかしい。声を上げるべきだ」と言っていた。

その通りだと思ったし、富裕層から見れば努力が足りないとか甘いとか言うかも知れないが、見る人が富裕層側から見るのか貧困者側から見るのかで視点は大きく違ってくると思うし、自分自身、貧困者側から見て行きたいと思う。

あと
貧困になるのは自己責任と言うが、それだけで済まされないと感じる。明日は我が身だと思うし、お互い様という気持ちが薄れて来たように思います。
そんな社会は何だか冷たく感じる。

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