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【転載希望】 7月12日の築地市場移転反対デモへの参加を!(1万人以上集まりましょう)

【転載希望】 7月12日の築地市場移転反対デモへの参加を!(1万人以上集まりましょう)
ジャンル : 政治・経済 スレッドテーマ : 政治・経済・時事問題




Rolling Beanさんの、東京都築地市場移転反対デモについての記事です。Rolling Beanさんはそこに築地市場移転推進についての石原都知事の詭弁などについても補足と関連情報を加えて記事にしていますけど、当秘書課広報室では市場の移転反対デモの広報に徹します。(この記事の初回公開は2008年6月18日。適宜更新して適宜トップに表示します。)

●Like a rolling bean (new) 出来事録
【転載希望】 7月12日の築地市場移転反対デモへの参加を!(1万人以上集まりましょう)
http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10106327540.html (←ご一読ください。)


以下は、近隣説明会とデモの趣旨と次第の説明です。6月18日(水)夜19時から20時半の工事着工のための近隣説明会。そして、7月12日(土)のデモ。


築地・市場移転に断固反対! デモ予定(7月12日)
日時;7月12日(土)12時集合、12時半出発
場所;築地正門前(集合)
交通;地下鉄大江戸線、築地市場

「土壌汚染の地には行かない」4度目の訴え。
 東京都中央卸売市場(築地市場、中央区)の移転計画に反対する「築地市場を考える会」(山崎治雄代表幹事)は7月12日、市場移転反対のデモを行う予定です。


正午築地市場正門前集合、八重洲経由常陸橋(日銀)までの約1.5時間のデモです。 移転反対のデモは06年10月、07年3月、07年10月に続く今回4回目。


前回は自公以外の国会議員や都議会議員も多数参加し、豊洲の汚染の再調査を求めました。


築地市場の人たちが懸命に都を追求して来た結果、豊洲の汚染の再調査をさせることが出来ました。
去る5月19日、31日の東京都専門家会議では、再調査の結果として、土壌でベンゼンが基準値の43000倍、シアン化合物が860倍の高濃度の汚染が報告されました。
また地下水もベンゼンが基準値の10000倍、シアン130倍もの汚染が報告されています。都の専門家会議(御用学者)の言うところの土地改良案は、科学的な根拠などまったく無いデタラメなもので、日本環境学会も激しく抗議しています。


現在まだ調査は続いていて、さらに深度部分へと進められています。結果はさらに深刻なものになることが予想されます。


このような状況にも関わらず、石原都知事は築地の移転の方向性は変えていません。そもそも移転の目的が、築地の土地の売り飛ばしにあるからに他なりません。

東京がオリンピックの候補地に残ったことで、世論をオリンピックに注目させ、その陰で移転の既成事実を積み上げ様としています。

築地市場を分断する「環状2号線」(詳細下記)の計画道路の着工がそれです。6月18日には着工のための近隣説明会(19時、京橋築地小学校)が開かれます。
築地市場内の移転反対の声を潰すのが都の作戦らしく、築地市場の人たちは大変な危機ととらえています。

緊迫した状況です。都全域から市民が駆けつけ、デモの隊列を大きくしなければならないと感じます。築地の人たちが孤立しないように都民が支え、食の安全を一緒に守りましょう。
今回は、目標1万人!!あと1ヶ月ですが、なるべく沢山の人に声を掛けてください。
子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう。





築地市場分断道路  工事着工の為の近隣説明会(6月18日)
日時;6月18日(水)19時から20時半
場所;京橋築地小学校 (中央区築地2-13-1)
交通;地下鉄日比谷線、築地(2)

築地市場を分断する「環状2号線」計画道路の「事業及び用地測量説明会」
 「環状2号線」の都市計画道路は皇居の外堀からの延伸部、港区新橋→江東区有明へ結ぶ臨海地区開発道路です。延伸部は1993年に計画変更されたもので、その時点で環状ではなくなっています。 
雑誌「選択」によれば「築地市場の売却は1981年、国鉄民営化政策の汐留売却とセットで予定されていた都市再開発ビジネスである」とあります。 「環状2号線」の延伸部はズバリ、汐留、築地から臨海地区を結ぶ開発道路ということになります。1999年の石原都知事誕生により、2001年の市場移転 決定へと築地移転計画は強引に進められました。

計画道路は、築地付近ではそもそも地下を通す計画だったのを、市場移転を前提に地上案に変更。多くの反対意見を押し切って、2007年9月の都市計 画審議会で強行採決されました。豊洲の汚染は既に問題とされていて、「汚染状況を確認してからにすべき」の声も多く有りました。それを無視する形での不当 な採決でした。地上変更計画は直後の2007年12月に、たった3ヶ月と言う異例のスピードで事業決定されました。その間には(10月6日)豊洲の都によ る追加調査で、地下水から環境基準の1000倍に上る有害物質ベンゼンが検出されたことが分かっています。その事実を黙殺した都の事業決定(道路地上案) は、信じ難いものです。築地市場を分断する「地上変更案」は白紙撤回すべきです。


以下、環状2号線資料


道路計画

道路の位置

橙が外堀通り、緑が現道、赤が建設中あるいは計画中(変更の可能性あり)



現在は外堀通りとして皇居の外堀に沿った路線が存在するが、実際に外堀通りなのは全区間の半分程度である。

元々は埋立地に延ばす予定はなく、本当に環状になる予定だったのだろうが、現在の計画では、名前に反し既に環状ではない。

環状第2号線延伸部

有明~豊洲~晴海~勝鬨~築地まで、埋め立て地を結ぶ区間である。

環状第2号線が露骨に環状線でなくなったのは、この環状第2号線延伸部が計画されたためである。

以上、通信用語の基礎知識「環状2号線」より抜粋終わり。

(以上、情報転載でした)



築地市場の豊洲移転に反対する7月12日のデモのことも宣伝。リンク先はRolling Beanさんの記事。




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【転載記事】 消費税値上げや社会保障切り下げを言う前に

村野瀬玲奈の秘書課広報室から、なるほどと思いましたので、記事を転載します。


国家財政が苦しいときに消費税値上げしか言わないのなら、政治家も与党も政府も要らないと思います。

国家財政が苦しいときに医療や社会保障の削減しか思いつかないなら、政策をつくる政府のキャリア組中央官僚自身の給与も医療や社会保障の削減の割合に比例して削減してはどうでしょうか。時に命にもかかわる社会制度の予算を削るしか能がないのなら、官僚はせめてそのくらいすべきでしょう。

仮に私が日本の首相なら、すべての支出をリストアップさせて、国民注視の前で国民の日常生活に最も密接に結びついている予算から優先的に確保して、特に医療や社会保障や年金などは必要な予算を増額さえして、その一方で、不透明な随意契約だの天下り中央官僚の退職金だの、削減する余裕が本当にあるところから削っていく努力をしますけど。軍事関係の予算も削ります。

ここで、トラックバックをいただいた海舌さんの問いを聞きましょう。私は海舌さんから、異なった意見からも学ばせていただいており、人生の先輩としても多くのことを教えられています。ここで海舌さんの指摘の中で特に重要だと思うのは、2、5、6の三点です。なぜ負担できる財政的余裕のある者がこの国家予算の苦境の中で真っ先に負担を引き受けないのでしょうか。本来国民が得るべき富を吸い取って成長した銀行業界や労働者派遣業界が弱者の犠牲の上にあぐらをかいて、その利得を今でも既得権としていることはおかしいのです。


●『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu
日本の沈没は既定路線。原因は不毛な公共事業優先の政財官癒着の放漫財政。額賀財務相は社会保障に責任転嫁している。
http://blog.kaisetsu.org/?eid=664734

◆そんなに財政が緊迫しているのに、
1. 何故、道路特定財源による「無駄な」道路は作り続けるのか?
2. 消費税の輸出関連の免除を続けるのか?(米国は実行していない)
3. 何故、外国への巨額の資金援助は続けるのか?特に、アフリカへの今後の巨額の資金援助は、日本の国民の誰に利益が及ぶのか?
4. 何故、官僚と国会議員の優遇は続くのか?
5. 銀行への巨額の財政支援によって、銀行は最高の利益を得た時期に、適正な税負担を銀行に求めたか?
6. 偽装請負や、これと類似の行為によって、大企業の一部が、巨額の利益を得ているが、これら企業に適正な税負担を求めたか?
7. 世界的な異常な物価高を背景にしたコスト・プッシュ・インフレが持続する現在、消費者物価を強制的に押し上げる、消費税導入を言う政治家、財界は、完全に消費者に背を向けている。
8. 額賀氏は、まず、国家公務員を半減してから、消費税論議をするべきである。さらに、自民が参議院で負けた責任の一端を額賀氏自身、負っている。

社会保障費で「日本経済は沈没」=消費税率の引き上げを-額賀財務相

6月29日15時0分配信 時事通信

 額賀福志郎財務相は29日、NHKの番組に出演し、増大する社会保障費について「働く世代にすべて負担を任せたら、日本の経済は沈没する」と述べ、高齢者も含め国民が幅広く負担する消費税率の引き上げで賄うべきだとの考えを示した。その上で「北欧やドイツも消費税は20%前後になっている。その一方で所得税や法人税を下げているのが世界の姿だ」と指摘した。 

最終更新:6月29日15時0分

(転載ここまで)

海舌さんがメモってくれた額賀財務相の発言もまたあきれます。前の記事でも書きましたが、税体系や社会保障制度や医療制度が全く違う西欧諸国と消費税の税率「だけ」政治家がくらべてみせることの薄っぺらさと愚かさ、そして、それをそのまま右から左へと流す報道機関の問題意識や知識のなさに二重の怒りをおぼえます。


みなさん。与党の議員に投書して指摘しましょうよ。

西欧北欧諸国は消費税を福祉の主要財源などにしてはいないことを。

西欧北欧諸国は日本とは違って食料品などの生活必需品にはゼロ税率または低い税率しかかけていないことを。

西欧北欧諸国の企業は、社会保障の企業負担分を日本以上に払って、それでなお競争力を確保していることを。

日本では今までの消費税収は福祉のために使われるどころか、大企業の法人税などの減税分と軍事費の伸びをそっくり消費税が賄ったにすぎないということを。

消費税値上げや社会保障予算の削減を言う前に、これらのことを政治家はきちんと勉強し、直視すべきであるということを。


【転載記事】 後期高齢者医療制度は国民皆保険崩壊の始まりだとわかっているのか?

転載記事が多くて、すみません。(/ω\)

桃の里からさんの転載記事です。
後期高齢者医療制度は国民皆保険崩壊の始まりだとわかっているのか?

高齢者だけの問題だと思っていたら大間違いなんですよ。このことは散々旧ブログで書いていたことですがね。腐れマスゴミの報道は「負担増」ばかりを騒ぎ立てて、この制度の恐怖の実体を全く伝えようとしない。なぜならやつらは外資やオリックスみたいな民間保険会社から大量に流れる広告料で潤っているので、ハゲタカどもが望む「国民皆保険破壊」が進むのは一向に構わないわけです。その広告料のおかげでバカ量産番組作りに定評のあるフジテレビ正社員は日本一の年収を誇るんですから。

まあマスゴミの努力の甲斐あって、国民は自分が病気になっても医者を選べず(フリーアクセス禁止)、治療も制限される(包括払制)という最悪の制度が後期高齢者医療制度の中にしっかり組み込まれていることすら知らないようですし、今に全世代が対象になることなど、夢にも思わないでしょう。

この件でもやっぱり郵政民営化売国法案に反対して自民党を追放された前衆議院議員の小泉龍司さんが危険を指摘していますよ。同じ小泉でも頭の中も外もクルクルなどっかのコイズミと大違いですわ(爆)それにしてもまともな指摘をするのは造反組というふざけたレッテルを貼られた郵政民営化売国法案に反対した方々ばかり。

小泉龍司公式サイト まだ国民が気づいていない、後期高齢者医療制度の本当の怖さ
(引用開始)
 
 
 本年4月から導入された後期高齢者医療制度の下、4月15日より年金からの保険料天引きが始まり、国民の同制度への批判が高まっている。
 また、息子等の扶養家族になっていた約200万人の高齢者の方が新たに、保険料納付義務を課されることとなり、高齢者の方の不安が増大している。
 加えて、後期高齢者医療制度の下では、公的負担(5割)、若い世代の負担(4割)とともに、高齢者の方の負担が1割と定められて、制度がスタートしたが、今後、医療給付の増加に伴い、必然的に高齢者の方の負担割合が増加するような仕組みになっている。
 こうした高齢者の負担が増加するという点については、制度の変更点も分りやすく国民の関心も高いため、マスコミや国会審議でも取り上げられてきているが、実は、後期高齢者医療制度の「本当の怖さ」は、医療給付の仕組みの方に隠されている。そのことに気づいている人は、現職の国会議員の中にもほとんどいないようだ。

 政府は、医療給付の面では、「今までとほとんど変わるところはありません」という趣旨の説明をしているが、医療給付面での変更点がなく、高齢者の負担増だけを狙ったものであれば、もっと目立たないように、こっそりと負担の引き上げだけを行ったはずだ。
 ぎょうぎょうしい名前を付けて、わざわざこの制度を75歳未満の方の医療保険制度と切り離す必要はなかったはずだ。では何故、制度を切り離したのか?他の制度から切り離し、高齢者について独立した制度を創設するということは、大きな給付面の変更、すなわち給付の削減を、そこに仕組むためではないのか…?自然な疑問が湧いてくる。しかしながら、マスコミの報道等に出てくるのは、負担増の批判ばかりである。
 私はこの疑問を明確かつ具体的に解明するために、厚生労働省のホームページを詳細に検討したが、給付面についての直接的な説明はない。しかし、多数の文献を当たり、やっとこの巧妙な仕組みを突き止めることができた。
 それは、「かかりつけ医としての登録」という新たな仕組みとそれと連動する「後期高齢者診療料」(包括支払い制度)という仕組みである。トリックは、日本の医療制度に初めて導入された、この2つの仕組みによって構成されている。
 表向きは「後期高齢者診療料」いう体裁の良いネーミングと、これらはあくまで選択制です、という言い訳が用意されているため、医療機関も患者も簡単にはこの巧妙なトリックを見抜くことはできない。

 細かい部分を省き、ポイントを述べる。

 1.医療機関は、患者との合意の下、患者の「主病」(患者が抱える複数のの疾患のうち、最も重点的な治療が必要となる疾患)を治療する、主たる医療機関としての登録をすることができる(選択制)。この登録は、一人の患者ついて一つの医療機関のみ行うことができる。

 2.次にこの登録をした医療機関に対しては、患者の容態にかかわらず、一律月6,000円の「後期高齢者診療料」の受診料としての給付が行われる。

 さて、何が問題なのか?

 1.高齢者は複数の医療機関にかかるケースが多いが、それらの医療機関の中で一つでも上記の「主病を治す医療機関」としての登録がなされると、他の医療機関がその患者さんを治療しても、給付される医療費の金額は大きく減額される仕組みになった。
 となれば、必然的に医療機関による患者の奪い合いが起こるであろう。この登録はあくまで選択制であり、強制されたものではないが、他の医療機関に遅れをとると、医療給付が貰えなくなるため、医療機関は先を争い、患者の囲い込みを行おうとするであろう。

 2.確かに患者の側にも選択権(上記の登録に合意しない)はある。もし、選択しなければ、(より厳密な検証が今後必要ではあるが…)厚労省の言うとおり、給付面では今までの制度と本質的な差異はないと考えられる。

 3.しかしながら、医療機関の側から迫られれば、患者が拒絶することはむずかしい。医療機関の言うがままに、この「かかりつけ医の登録」とそれに伴う「後期高齢者診療料」を許諾してしまうことになるであろう。

 4.さてこの選択をした、後期高齢者を待ち受けているのは、医療費に我が国で初めて天井(上限)を課す「包括払い制度」である。
 登録医のもとでの「後期高齢者診療料」を選択した場合、医療給付の上限は月6,000円である。それを超える治療や検査を医療機関は行ってくれない。
 こうして、高齢者に対する医療行為に対して上限が設けられることになる。

 これこそがおそろしく巧妙に隠された「後期高齢者医療制度」の真のねらいとそのための仕組みである。 必要な治療や検査については必ず給付を行う、という医療保険制度の「根本原則」が75歳以上の方を対象として崩されていくということである。

 日本の医療の質を変えてしまうほどの制度の「改悪」である。マスコミそして多くの国民に、早くこのことに気づいていて欲しいと思う。
 やがて、医療に上限を設けるこの方法(包括払い制度)は、より若い世代に対しても適用が拡大されていくおそれがないとは言えない。
 小泉内閣が、最後にこれだけはどうしても通したいとして、2年前の国会で強行採決で成立させた『医療制度「改革」法』。
 「改革」の本質がいよいよベールを脱ぎ、その歪んだ姿を国民の前に見せはじめた。

(引用ここまで)

皆さんお望みの改革とやらの成果が見えてきましたよ。医療制度崩壊国家アメリカと同じ末路。


後期高齢者医療制度についての問題点を分かりやすく書かれているなぁと思い転載しました。



喜八さん。なるほどですね。

 喜八さんの記事を読んで、なるほどと思いましたので、その記事を転載させて頂きます。


内田樹さんの「議論」論

内田樹さん(思想家・武術家)の「論争・議論」論が非常に興味深く、きわめて実効的だと思いました。「論争(議論)は勝って益なし、負けて益なし。何言われても、相手にしないで聞き流す。逃げる」。これが内田流兵法の奥義《おうぎ》でしょうか(※)。

(※「戦わない・無視する・受け流す・逃げる」は《現実主義的》兵法における最も重要な戦術である。と、ナマクラ流ヘタレ派兵法者・喜八は考えとります)

内田樹さんと三砂ちづるさん(疫学者)の対談本『身体知』バジリコ(2006)から、内田発言の一部を引用させていただきます。


(★引用開始★)

内田 論争って、勝てば恨みを買うし、負ければ気分がわるい。どっちに転んでもいいことがない。学校の教授会で議論をしていて、いつもそう思いますね。むかしものの弾みできつい言葉で批判してしまったことがあるんですけど、その時は論争レベルでは相手を黙らせたわけですけれど、結果的には、それが尾をひいて、五年経っても、一〇年経っても、何かあるたびにその人がその時のことを恨んでぼくの足をひっぱる。そのせいで、いろいろなプログラムが停まったり、根回しによけいな手間暇をかけなくちゃいけなくなった。だから、トータルでは大損しているんです。目先の論争に勝っても、結局いいことなんか何もないです。
 ぼくは本を出しているせいで、ときどきデリケートな問題について論争を挑まれることがあるのですが、全部逃げてるんです。勝って益なし、負けて益なしだから。何言われても、相手にしないで聞き流すのがいちばんです(『身体知』48頁)。


内田 ほとんどのことって、まわりの人の同意や支持がないと実現できないことじゃないですか。議論してやりこめたって、それで計画の実現が早まるということはあまりないというか、ほとんどない。
 一時期「ディベート教育」を日本の学校でも導入したらという議論がありましたね。ナンセンスだと思うんですよ。二つのチームに分けて賛成、反対で議論しあうなんて。現場でいちばん大切なのは、相手をやりこめることではなくて、いかにして和解しがたい対立を合意形成にもっていくかじゃないですか。たいせつなのは「論破」することじゃなくて、「説得」することでしょう。ディベートと合意形成の訓練とは全然違う。ディベートは、むしろ対立点を明示化する訓練でしょう。そんな訓練を積んでも現実社会では何の益もない。「口の減らない厭なやつだ」と思われるだけで。もともと、合意形成の技術は日本の伝統なんだから、伝統はたいせつに受け継ぎましょうよ(『身体知』49-50頁)。


内田 ヨーロッパ的なディベート文化というか、対立をいとわない文化の根には「真理は必ず普遍化する」、「正しい主張はいつかは必ず全員に受けいれられる」抜きがたい真理信仰があると思うんです。でも、ぼくたちはなかなかそういうふうには考えることができない。むしろ、ぼくが前提にしているのは、邪悪なやつは邪悪なままで、矯正のしようがないとあきらめることです。邪悪な人間を正道に戻すというよりは、邪悪なものが及ぼす被害をどうやって最小化するか、そちらのほうにリソースを集中したい。なんだか性悪説みたいですけれど、この非西欧的なリアリズムの根本には「他者は不可知だ」という断念があると思うんです。
 逆に思われているようですけれど、本当のことを言うと、ヨーロッパ的な個人主義というのは、ぎりぎりのところでは「人間は真理の審級において最終的に合意に達する」という絶対的な真理についての信憑に基づいていると思うんですよ。そうでなければ、あれほど激しく他人を攻撃できないと思う。
 でも、日本人は、人間は腹の底では何を考えているかわからないという恐怖感に基づいて社会を作っている。わからないからこわい、こわいから「本音」はできたら聞かずにすませたい。表面的な「建前」と「あれをなにして」みたいな曖昧な表現でごまかして。ぼくはむしろ日本的なそういう合意形成戦略のほうに人間の本質的な不可知性に対する「恐怖」と「敬意」を見てしまうんです。「他者とは何か?」と正面切って論じられる文化と、「他者とか、そういう話はなしにして、ま、お茶でも……」という逃げの文化では、どう見てもあとのほうが他者の他者性に対する敬意とはいわないまでも畏怖の感覚は備わっているんじゃないか、と。そんなふうに思うんです(『身体知』50-51頁)。

(★引用終了★)

この記事を読んで、
『白か黒か』という考えよりも『グレー』でもいいじゃないか。と思いました。
社会の中で、「白黒」つけれることは少ないと思いますし、かえって「グレー」であった方が
いい場合もあると思います。
考えさせられる記事です。




もう一つ


偽善者

「偽善者」というのは私(喜八)自身のことでありまして、他の人に向けての言葉ではありません。

とある頭のいい方(皮肉ではありません)から「偽善者」の称号(?)をいただいたので「なるほど、自分は偽善者である。So What?」と嘯《うそぶ》いていたところ・・・。

「わんばらんす」(心優しき)ココロさんから「冗談でしょう?」と慰めていただいたので「いえ、まったく冗談ではありません」とお答えしました。これは自己卑下でも強がりでもなくて、まったくの本音です。

「偽善者」という言葉で思い出すのは、もう四半世紀も前のこと、大学生時代のエピソードです。私は級友(男子)と2人で電車に乗っていました。車内はそこそこに混んでいましたが、我々は運良く座っていました。

とある駅で80歳前後と思われる高齢の女性が乗車してきました。すかさず私は女性に席を譲りました。これは「お年寄りには親切にしなければならぬ」なんてアタマで考えてのことではありません。身体が自然に動く、といった反射的行動です。というのは・・・。

「喜八家」の教育方針は「超」放任主義に近く、子供のころの私は両親からアレコレうるさく言われた記憶はあまりありません。とはいえ、放任主義的な両親もいくつかの点では厳しいのでした。

すなわち、

電車の中ではお年寄りや身体の不自由な人に席を譲れ。
弱い者や年下の子をイジメるな。
むやみにゴミを捨てるな。
が、我が家の「家訓」だったのです。子供のころから現在に至るまで、私はこの家訓を守っています。

大学生時代に話は戻ります。数駅先で、私が席を譲った女性が降車しました。私に対して「ありがとうございます」とご丁寧に頭を下げながら(青年喜八は「いえ、とんでもありません」と顔を赤らめます)。女性が去った後・・・。

級友(男子)がいきなり怒り始めたのです。「偽善的なことをするな!」と。

彼の言い分は、「お前(喜八のこと)は普段から老人に席を譲ったりしているのか?(日常的にしている) オレと一緒にいるから、いいところを見せようとして席を譲ったのだろう(一方的な決めつけです)。そういうのを『偽善者』というのだ!」でした。

現在であれば「偽善者」と言われても「たしかに自分は偽善者である。So What?」と嘯《うそぶ》くだけの私ですが、当時はまだ若かったので、級友の言葉には大層腹が立ちました。しかし、若いころから腹黒くもあったので、特に反論はしませんでした。腹の中では「彼(級友)は親から『お年寄りや身体の不自由な人に席を譲れ』という教育は受けなかったのだな。可哀想に・・・」と思いつつ。

話は「現在」に戻ります。いまでは私も50歳近いのだから、電車で席を譲るのも「卒業」してもいいかな? とも思うのですが、先日も足の不自由な高齢女性に席を譲りました。たまたま、その直前に隣に座っていた(未知の)小学生に電車の乗り換えについて質問されたばかりだったので、「大人として、小学生に『いい見本』を示すことができた(むふふ)」と自己満足を覚えもしました(笑)。

その数日後、城内実さん(前衆議院議員・通信制高校教員)のブログ(「☆お知らせ☆ みわちゃんねる突撃永田町!!」)で次のようなコメントを目にしました。

小さな出来事
前回の選挙が終わり、まだまもない頃、私の知り合いが20名くらいの会合があるので、城内さんを呼ばないかと誘われ、出席していただいたことがある。その日は城内さんにはめずらしく連日の会合疲れもあり風邪ぎみで体調をくずされていた。帰りの駅に通じるエレベーターに乗ったら大変込んでいた。最後に小さなこどもの手をひいた若いお母さんが乗ってきた。そのとき城内さんがこちらへどうぞ。と間髪いれずに場所を譲った。当たり前のことかもしれない。ただそのタイミングが彼の人間としての優しさをかいま見、それからますます先生を応援したくなったしだいであります。

思わず感動しましたね。「城内実さんを応援していてよかった!」と強く思いました。おそらく城内実さんもご両親から「お年寄りや身体の不自由な人に席を譲れ」という教えを受けて育ったのでしょう。だからこそ「小さなこどもの手をひいた若いお母さん」に「間髪いれずに場所を譲った」のでしょう。城内実さんの人としての歴史を垣間《かいま》見るような思いがありました。

ところで、大学生時代に級友から「お前は偽善者だ!」と罵倒された私は「偽善」についてアレコレと考えました。「そもそも偽善とはなんであろうか?」「偽善者であって何がいけないのか?」。などなど悪いアタマで沈思黙考した結果・・・「偽善者であっても、別にかまわない」という結論に達しました。大切なのは「善を為す」ことである。「偽善」か「真善(?)」かは問題にならない(少なくとも私にとっては)。

平たく説明すれば次のようになります。

ここにA氏・B氏という2人の人物がいたとします。A氏・B氏ともに「福祉」や「慈善」には大いに興味があります。しかし、2人の「行動」にはかなりの差異があります。すなわち・・・。

A氏には「『エライ奴だ』と人から褒めて欲しい」「キャバクラのお姉さんたちにモテたい」「某団体の会頭になりたい」「勲章が欲しい」という強い願望があります。これら不純な(?)動機にしたがってA氏は日々「福祉活動」に精をだしています。

B氏は純粋に(?)社会福祉を考えています。ときには分相応の募金をします。福祉について色々と考え発言も積極的に行ないます。しかし現実の「福祉活動」には興味を持ちつつも、ほとんど行なっていません。

A氏とB氏。はたして、どちらが「本当の善人」なのか?

これに対しては人それぞれの答えがあるでしょう。唯一絶対の回答はないと思います。各人が自身の好み・性格・環境などにしたがって答えをだしていけばいいのですが・・・、私(喜八)の「好み」としてはA氏のような生き方のほうが好ましいと感じます。たとえ、人からは「偽善者」と言われようとも、現実的行為としての「善」を為す。このほうが cool だという感性が私にはあるようです(とはいえ、現実の私はB氏に近い生き方をしてきましたけれどね)。

人生もいよいよ残り時間が見えてきたわけですから、これからはA氏的な行動主義に転じていこうかな、なんて思っています。と言っても「キャバクラのお姉さんたちにモテたい」「某団体の会頭になりたい」「勲章が欲しい」といった純粋な(?)動機はありません(笑)。特定の女性にモテるためには「偽善でも何でもかまわないから、とにかく善を為す」行き方は有利に働くかな? といった目論見はあります(腹黒いので)。

さて、この辺でボンクラながらも「結論」めいたことを・・・。

「偽善者」でかまわない(一向に)。
偽善者のままで善を為そうと努力する。
「真善者=善人」になろうとはしない。
悪の部分を大いにもつ自分(喜八)が「真善者」になろうとすれば逆に悪を為す可能性が高い。
善人であろうとする者こそ却って悪を為すという「逆説の罠」は避けておきましょう。

なんて愚考する「偽善者」喜八でありました。

A氏とB氏、どちらが本当の善人か?
考えさせられました。
ありがとうございます。
喜八さん。


社会福祉を実践する人間は、人間性が大切だと再認識しました。



【転載希望】 7月12日の築地市場移転反対デモへの参加を!(1万人以上集まりましょう)

村野瀬玲奈の秘書課広報室からの連載記事です。

Rolling Beanさんの、東京都築地市場移転反対デモについての記事です。Rolling Beanさんはそこに築地市場移転推進についての石原都知事の詭弁などについても補足と関連情報を加えて記事にしていますけど、当秘書課広報室では市場の移転反対デモの広報に徹します。(この記事の初回公開は2008年6月18日。適宜更新して適宜トップに表示します。)

●Like a rolling bean (new) 出来事録
【転載希望】 7月12日の築地市場移転反対デモへの参加を!(1万人以上集まりましょう)
http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10106327540.html (←ご一読ください。)


以下は、近隣説明会とデモの趣旨と次第の説明です。6月18日(水)夜19時から20時半の工事着工のための近隣説明会。そして、7月12日(土)のデモ。


築地・市場移転に断固反対! デモ予定(7月12日)
日時;7月12日(土)12時集合、12時半出発
場所;築地正門前(集合)
交通;地下鉄大江戸線、築地市場

「土壌汚染の地には行かない」4度目の訴え。
 東京都中央卸売市場(築地市場、中央区)の移転計画に反対する「築地市場を考える会」(山崎治雄代表幹事)は7月12日、市場移転反対のデモを行う予定です。


正午築地市場正門前集合、八重洲経由常陸橋(日銀)までの約1.5時間のデモです。 移転反対のデモは06年10月、07年3月、07年10月に続く今回4回目。


前回は自公以外の国会議員や都議会議員も多数参加し、豊洲の汚染の再調査を求めました。


築地市場の人たちが懸命に都を追求して来た結果、豊洲の汚染の再調査をさせることが出来ました。
去る5月19日、31日の東京都専門家会議では、再調査の結果として、土壌でベンゼンが基準値の43000倍、シアン化合物が860倍の高濃度の汚染が報告されました。
また地下水もベンゼンが基準値の10000倍、シアン130倍もの汚染が報告されています。都の専門家会議(御用学者)の言うところの土地改良案は、科学的な根拠などまったく無いデタラメなもので、日本環境学会も激しく抗議しています。


現在まだ調査は続いていて、さらに深度部分へと進められています。結果はさらに深刻なものになることが予想されます。


このような状況にも関わらず、石原都知事は築地の移転の方向性は変えていません。そもそも移転の目的が、築地の土地の売り飛ばしにあるからに他なりません。

東京がオリンピックの候補地に残ったことで、世論をオリンピックに注目させ、その陰で移転の既成事実を積み上げ様としています。

築地市場を分断する「環状2号線」(詳細下記)の計画道路の着工がそれです。6月18日には着工のための近隣説明会(19時、京橋築地小学校)が開かれます。
築地市場内の移転反対の声を潰すのが都の作戦らしく、築地市場の人たちは大変な危機ととらえています。

緊迫した状況です。都全域から市民が駆けつけ、デモの隊列を大きくしなければならないと感じます。築地の人たちが孤立しないように都民が支え、食の安全を一緒に守りましょう。
今回は、目標1万人!!あと1ヶ月ですが、なるべく沢山の人に声を掛けてください。
子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう。





築地市場分断道路  工事着工の為の近隣説明会(6月18日)
日時;6月18日(水)19時から20時半
場所;京橋築地小学校 (中央区築地2-13-1)
交通;地下鉄日比谷線、築地(2)

築地市場を分断する「環状2号線」計画道路の「事業及び用地測量説明会」
 「環状2号線」の都市計画道路は皇居の外堀からの延伸部、港区新橋→江東区有明へ結ぶ臨海地区開発道路です。延伸部は1993年に計画変更されたもので、その時点で環状ではなくなっています。 
雑誌「選択」によれば「築地市場の売却は1981年、国鉄民営化政策の汐留売却とセットで予定されていた都市再開発ビジネスである」とあります。 「環状2号線」の延伸部はズバリ、汐留、築地から臨海地区を結ぶ開発道路ということになります。1999年の石原都知事誕生により、2001年の市場移転 決定へと築地移転計画は強引に進められました。

計画道路は、築地付近ではそもそも地下を通す計画だったのを、市場移転を前提に地上案に変更。多くの反対意見を押し切って、2007年9月の都市計 画審議会で強行採決されました。豊洲の汚染は既に問題とされていて、「汚染状況を確認してからにすべき」の声も多く有りました。それを無視する形での不当 な採決でした。地上変更計画は直後の2007年12月に、たった3ヶ月と言う異例のスピードで事業決定されました。その間には(10月6日)豊洲の都によ る追加調査で、地下水から環境基準の1000倍に上る有害物質ベンゼンが検出されたことが分かっています。その事実を黙殺した都の事業決定(道路地上案) は、信じ難いものです。築地市場を分断する「地上変更案」は白紙撤回すべきです。


以下、環状2号線資料


道路計画

道路の位置

橙が外堀通り、緑が現道、赤が建設中あるいは計画中(変更の可能性あり)



現在は外堀通りとして皇居の外堀に沿った路線が存在するが、実際に外堀通りなのは全区間の半分程度である。

元々は埋立地に延ばす予定はなく、本当に環状になる予定だったのだろうが、現在の計画では、名前に反し既に環状ではない。

環状第2号線延伸部

有明~豊洲~晴海~勝鬨~築地まで、埋め立て地を結ぶ区間である。

環状第2号線が露骨に環状線でなくなったのは、この環状第2号線延伸部が計画されたためである。

以上、通信用語の基礎知識「環状2号線」より抜粋終わり。

(以上、情報転載でした)


気まぐれ放浪記さんからの転載記事です。『ありがとうルーシー・盲導犬と築いた絆:番外編・引退した犬たち 山形』

気まぐれ放浪記のyumeさんのブログからの転載記事です。

私も犬が好きで飼っているので、家庭犬と盲導犬の違いがあっても心にジーンと来ました。

◆ボランティアの葛藤(かっとう)
◇犬への愛が不安超越

 ラックスを引き取った冨田昌子さんは、約10年前から引退犬ボランティアをしている。ラックスが3頭目。しかし、今回ばかりは受け入れるべきか悩んだ。初めて世話をした11歳の雌の引退犬ブリスが、昨年11月に突然亡くなったばかりだったからだ。あまりにも早い死。やりきれない思いが強く、悲しみも癒えないうちに、新しい引退犬を引き取る気にはなれなかった。
 ブリスは盲導犬になれずに引退。ブリスのパピーウオーカー(子犬育成ボランティア)だった冨田さんが、育成期間を終えて栃木盲導犬センターに返す際に、「引退したら引き取りたい」と申告していたため、家庭犬(ペット)として世話するようになった。

 そのブリスが昨年3月、朝の散歩中につまずくようにして倒れた。1人では抱えられず、友人を呼んで動物病院に搬送した。食道の蠕動(ぜんどう)運動の働きが鈍り、食べ物がのどに詰まる病気だった。その後も嘔吐(おうと)が多くなり、入退院を繰り返した。吐いたものが肺などの気管支に入ると、死に至ることもあり、一時も目が離せない状態になった。

 亡くなる当日の夜、冨田さんは一緒に寝ていたブリスの荒い息遣いに気付いた。苦しそうな表情をみせるブリスは無意識のうちにベッドから出ると、食べた物を全部吐いてしまった。申し訳なさそうな顔をするブリス。冨田さんは何も言わずにふき取った。「明日、獣医に診てもらおうね」。その後、ブリスの体をさすり続けたが、症状は改善しなかった。見かねた冨田さんは思わず「頑張らなくていいのよ」と声を掛けていた。するとブリスは緊張の糸が切れたように、スーッと静かに息を引き取った。


盲導犬育成にご協力を●
 盲導犬育成はボランティアや各地から寄せられた募金・寄付で支えられています。関心のある方は全国盲導犬施設連合会へ。同連合会に寄せられた募金・寄付は加盟8施設に均等分配され、各地での盲導犬育成・普及活動に役立てられます。
 〒160-0007 東京都新宿区荒木町18の7、全国盲導犬施設連合会(電話03・5367・9770、郵便振替00180-3-411694)


「村野瀬玲奈の秘書課広報室」からの転載記事です。

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村野瀬 様の記事を読みその通りと共感しましたので
是非、みな様も読んで頂けたらと思いご紹介致します。


「村野瀬玲奈の秘書課広報室」から

「リスクの社会化」の考え方が、不慮の事故・災害や将来
の生活に ついての国民の不安を解消する。


「リスクの社会化」、救急医療では、例えばこういうこと。


以上の2つを全文掲載します。



「リスクの社会化」の考え方が、不慮の事故・災害や将来の生活に
ついての国民の不安を解消する。


「広範な薬害被害者救済をなぜ国はためらう?
責任がどこにあろうとも。」
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-531.html
の記事で「リスクの社会化」という概念について触れたところ、「白鳥一声」
のbirds-eyeさんから「勉強になった」との感想をいただきました。
この概念をより多くの人が理解し、多くの人に広めることは住みよい日本を
作るうえでとても有益であると私は確信しますので、改めて独立した記事と
して書いておきます。

「リスクの社会化」でググってみると手軽に関連サイトが出てきます。

●JANJAN
私の参院選争点(3)社会保障・個人リスクの社会化を
http://www.news.janjan.jp/election/0705/0705296358/1.php
(↑「広島瀬戸内新聞ニュース」でおなじみの
さとうしゅういちさんの記事です。)

●SENKI
個人が負いきれないリスクは社会が引き受ける
(北海道大学大学院教授 山口二郎さんに聞く(上))
http://www.bund.org/interview/20060215-1.htm
(↑私が「リスクの社会化」という用語を知ったのは、
山口二郎教授の著書からです。その山口教授のインタビュー。)

●大阪市職
「リスクの社会化」は世界の常識 小泉路線では命を金で買う社会に
http://www.osaka-shishoku.or.jp/koza/info060327.html
(↑これも山口教授の講演録要約ですね。趣旨は同じです。)

●民主党東京総支部連合会
『小泉政治への対抗軸』政策研修会を開催
http://www.tokyo.dpj.or.jp/news/o/0406kensyukai.html
(↑これも山口教授の講演録要約ですね。趣旨は同じです。)


「リスクの社会化」とはそんなに難しい概念ではありません。
これらを読んでいただければわかるのですが、
やさしく言うと、誰もが人生と社会の中で出会うリスクに対しては
個人で備えるよりも社会全体で備えたほうがずっと効率的で安心できる、
ということになります。

小泉政治では、公的部門(公務員など)に対する一般国民の不満を利用
して「官から民へ」とか「郵政民営化は、あらゆる改革につながる本丸。」
とか、なんとなく改革的なイメージを振りまくスローガンを流して公的部門
を縮小していき、誰もが人生と社会の中で出会うリスクを個人の責任に帰
した、というのが方針でした。
改革は改革でも、一般国民の生活基盤を弱めるものでした。

しかし、個人で人生や社会の中のあらゆるリスクに対応することは
不可能です。
病気、自然災害、さまざまな人為的災害、犯罪被害...。幸いにも
これらと無縁であったとしても、誰もが避けて通れない「老い」もあります。
これらに対して社会として対処するために、福祉があり、健康保険政策が
あり、失業保険があり、生活保護があり、年金があるはずです。
「財政再建」のためにこれらを優先的に削っていったら、それは人々の生活
の足元を直接掘り崩すことになります。

今ホットな政治課題である薬害肝炎被害の救済の件は、このようなリスクに
あう可能性は誰にもあるのだから、社会全体でそれを引き受けようという
「リスクの社会化」の考え方を広めるきっかけになるかもしれません。
いえ、被害者に対して補償を実現させるとともに、そのような考え方を広める
きっかけにしたいものです。

ところで、ちらりと見た今日の東京新聞に気になることが書いてありました。
年金で慎ましい生活をするお年寄りからの投書が第一面下のコラムで紹介
されていたのです。
ちらりと見た記憶を頼って書きますが、「薬害肝炎被害者が救済を訴えるのも
理解できるのだが、
そこにお金が使われるというのは、苦しい生活をしている私も払っている税金
が回りまわってそこに使われるということであり、納得できない気持ちもある」
というような趣旨でした。

たぶん、このお年寄りは、税金が自分のためにも使われている、政治や行政
が自分のことを考えて施策を決めて実施している、という感覚が持てないまま
きてしまったのでしょう。
(私も今の政府を見ている限りでは、そういう感覚がどうも持ちにくいのですが、
それでも、まだなんとか良い方向に変えられるはずだと思ってこんなブログを
書いているわけです。)
仮に、「リスクの社会化」という考え方が社会に定着していてそれに沿った政治
や行政が存在していれば、人々は自然に社会に対する信頼感と自分の生活の
安心感を持つと思うのですが、このお年寄りの投書は、実際にはそうなっていな
いことの現れであるように思います。
特別な利益を与えるわけではなくて、国の失政で被害をこうむった人に補償をする
ことにもこのような抵抗感が一般の人々の中のどこかに残っているとしたら、
それは弱者どうしの足の引っ張り合いであり、なんと悲しく不幸なことか
と思います。

現在のように、政治や行政が政治家自身や中央官庁の役人やそれに連なる
利権集団やさらには日本を実質的に支配するアメリカのためにだけ行われて、
日本の一般の人々のために行われていない状態が長い間続くと、人々は無力感
におちいり、社会から受けるべき当然の救済や援助にさえも疑問や反感を持つよう
になってしまうようです。
(これは、心理学で言う「獲得性無力感」という
概念に通じるものがあると思います。)
このような状態は、社会を支える前提である人と人との連帯感や社会全体に対する
信頼を掘り崩し、人々が肯定的に社会にかかわろうとする気持ちを消してしまう
でしょう。
これはある意味では、財政赤字よりも危機的なことではないかと思っています。
財政赤字は目に見えますが、人々の無気力化は目に見えないという意味で。

社会に対して一般の人々が信頼感を持っていない国というのはもろいと
私は思います。
「リスクの社会化」と社会への信頼感は車の両輪のように一対となって社会を前進
させる原動力だと考えています。

一般の人々の幸福のために政治は行われるべきであるという、政治の本来の姿を
一刻も早く取り戻さなければならない理由がここにもあります。
自公政権が政権にあるままでは、政治の本来の姿を取り戻すことは不可能です。
そのための政権交代を次の選挙では実現させたいと強く望みます。

そのキーワードの一つが、「リスクの社会化」。
それをもとにした政策があれば、人々はいざというときの安心感をもって生活でき、
人心も社会も安定させやすくなる、ということです。


関連エントリー
国民の不安を減らせないすべての政権と政策は失敗である
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-394.html

「リスクの社会化」、救急医療では、例えばこういうこと。
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-544.html



「リスクの社会化」、救急医療では、例えばこういうこと。

「『リスクの社会化』の考え方が、不慮の事故・災害や
将来の生活についての国民の不安を解消する。」
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-539.html
の記事で、「リスクの社会化」について一般論を書きました。
その個別論として、もそもそさんが医療での例を出しながら、
実感のある個人的な経験もまじえて書かれたこちらの記事はどうでしょうか。

●そもそも どーなの?
救急車で何処へ行く
http://somosomo.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_f08d.html

実感した医療崩壊の深刻さ
http://somosomo.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_323d.html

救急患者の病院たらいまわしが、医者や病院の少ない過疎地だけではなくて、
大都市でも起こっています。

これは医師を配置しない職務怠慢な個別の病院のせいでしょうか?
余分のベッドや救急治療設備を用意しないいい加減な個別の病院の
せいでしょうか?
中には意図的に怠慢な病院もあるのかもしれませんが、東京や大阪
のような一応は大都会でも救急病院の受け入れ拒否が日常的に起こり
うることをもそもそさんの二つの記事や新聞報道は教えてくれます。
二十も三十も救急病院に当たってなお受け入れ先が見つからないことがあるという
現実は、そのような実践(受け入れ拒否)が制度的に奨励されていることをうかがわ
せるものではないでしょうか。
医療人のモラルとか職業倫理とかそういうものを超えた事態です。

それでは、そのようなことに病院たらい回しの被害を受けないように個人で何ができるの
でしょうか?
高額な医療保険にはいる?
いつも空きのある救急設備を持った大規模な総合病院の隣に住む?
その程度のことはできるかもしれませんが、それで大丈夫なわけではありません。
また、そのようなことを誰もができるわけではありません。

病院から見ても、患者に誠実に向かうよりも病院としての生き残りのために
「金銭的コスト」を削って「金銭的利益」をあげなければいけないような医療
保険制度や救急医療制度があれば、個別の良心的な医師や病院がいくら
努力しても限界がありますし、そのような良心的な医師や病院が少なければ
焼け石に水です。

解決を個々の患者の努力や個々の医師や病院の努力に求めることは
ナンセンスです。
個人でできることには限界がありますし、効率的とは言えません。
解決は、まさに、患者のために良心的な対応をすることが医師や病院自身の
「利益」につながる制度を作って、個人があれこれ悩まなくてもどこでもいつでも
適正な医療が受けられる態勢を国全体で整える、「リスクの社会化」の考えに
もとづいたものしかないと思います。

解決は、医療の分野に「効率」や「利益」の考えを適用するのを控え、誰もが
安心してかかれる通常医療体制、いつどこで病気になっても受けられる
救急医療体制を社会全体で国の主導で医療政策の裏づけを
もって整えることです。
医師や病院の配置、設備の整備、それらを人口動態もみながら計画的に
政策として整えていくことです。

そのようなことは、個人にはできません。
国や政府にしかできません。
私たち有権者、納税者、日本に生活するすべての市民はそのために
税金を払っています。
税金は、米軍配置計画にしたがわない自治体を札束で手なずけるために
払っているわけではありません。

ぎりぎりの医師の数や病室や設備で運営するなどして「コスト」をおさえ、
いつ来るかわからない手間のかかる
救急患者を多少は断った方が利益があがるような制度が国によって
しかれていれば、個別の医師や病院の努力ではどうにもなりません。

十分な数の医師を配置し、十分な病室や設備を用意することは医療機関
にとってはもちろんコスト要因です。
しかし、それは人間の社会にとって当然のコストだと思います。
無駄なコストと必要なコストを区別せずに、国の医療予算を押し上げることに
なるというだけの理由で人の命に誠実に向き合うために必要なコストをかける
ことをしないのなら、私はそれを文明国とは呼びません。

医療は個人で金を出して買えというのではなくて、社会全体、国全体で
「社会的施策」として個人と医療関係者が安心できるように組み立てる
のが当然であり、合理的であり、人間的だと思います。
それが「リスクの社会化」です。

「リスクの社会化」から背を向ける現在の日本のアメリカ流ネオリベ政治は
国民一人一人のためにならないことは明らかだと思います。

ちょうど最近報道されたニュースからこんな例もあります。
亡くなったお年寄りには何の非もありません。
「リスクを社会化」せずに「リスクを個人に負わせた」結果がこれだとしか
言いようがありません。
亡くなられた大阪の89歳の女性の冥福を心からお祈りし、このようなことを
防ぐことができるのは、リスクの個人負担をすすめる今の自公チュー政治に
任せていては不可能であると訴えます。

●kimera25
絶句!
http://blog.goo.ne.jp/ayapapa2951yama/e/
28d91b5f10d0b88fd016d833b7aeaa6d

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eye sees truthと言います。
Out Door Sportsが趣味です。
福祉関係の話題を中心にしています。
『日本の福祉を赤信号から青信号へ』を合言葉に!
みんなで気楽に落ち着いて日本の福祉を話たいと思います。
福祉(社会保障)の交流ブログです。
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○憲法9条堅持 ○集団的自衛権の行使反対 ○憲法25条の完全実行 ○セーフティーネットの完全実施
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